大社高校野球部甲子園記録

昭和6年 第17回全国高校野球選手権大会

昭和10年野球部メンバーの写真
<昭和6年野球部>
部 長  切山敬二郎       コーチ 春日熊右衛門(監督)   主 将 加本一久
選手監督 原 久義(五年)    投 手 飯山寿八(四年)     捕 手  加本一人(五年)
一塁手  伊藤百三郎(一年)   二塁手 中山敏三(四年)     三塁手  清水利正(三年)
遊撃手  板倉 造(四年)    左翼手 川上精一(四年)     中堅手  椿  茂(四年)
右翼手  木村芳松(四年)        小林 茂(四年)          昌子 茂(三年)
     岩谷勝蔵(三年)        堀内正友(三年)          北井善衛(二年)
     原 量山(二年)        松原一郎(二年)          山根 宏(一年)
     森 正治(一年)        岩井康大郎(一年)         坂本恭三(一年)
*切山部長病気のため柚山勲教諭代理の任に当たる。
山陰大会優勝メンバーの写真

 昭和6年 第17回山陰大会優勝の喜び 松江高等学校球場にて
 左から春日、加本、飯山、伊藤、川上、中山、昌子、木村、岩谷、椿、板倉、清水、堀内

 山陰大会で優勝し甲子園キップを手中に
 昨年の主力である上級生が卒業し、夏の大会までの成績は全く振るわなかった。米子鉄道クラブに無残な敗戦を喫し、さらには松高にも名をなさしめる始末であった。米鉄との対戦から春日熊右衛門先輩をコーチに迎えて指導を受けた。7月9日より七生会館で合宿に入ったが、この理想的な環境での合宿が優勝の大きな要因であろう。

 一回戦 不戦勝
 二回戦
 鳥 取 102 012 000 = 6
 大 社 112 000 003× = 7

 三回戦
 大 社 004 000 002 = 6
 島根中 000 102 001 = 4

 決勝
 倉 吉 202 100 000 = 6
 大 社 010 400 50× = 10

 栄ある月桂冠は七生健児の上に高々と挙がった。慈父の如き校長先生・森山先生・柚山先生を始め諸先輩、ベンチコーチャー春日氏の口には期せずして万歳が叫ばれた。選手の眼は期せずして熱涙を以て満たされた。
 かくして大会以来17回の歴史を物語る優勝旗は河合松高校長の手より加本主将の手に賞品は飯山副主将の手に米鉄寄贈の立派な花輪は板倉・木村の手に授与された。
第17回全国高校野球大会 甲子園球場
加本主将選手宣誓の写真  大社中学加本主将選手宣誓

 大社中学ナインは郷関の名誉と母校の誇を双肩に担って甲子園原頭に駒を進めた。入場式は8月13日午前8時より行われた。朝日新聞社長村山長挙氏が挨拶し、参加選手を代表して大社中学加本主将が力強く選手宣誓、朝日新聞上野精一会長の始球式で熱戦の幕は切って落とされた。大社は緒戦に朝鮮代表の京城商業を12対11と大接戦の末破り二回戦に進んだが、北九州代表小倉工業に4対22で敗れ、準決勝進出の悲願をとげ得なかった。
 この大会に出場した代表校は22を数え、連日スタンドを埋め尽くした大観衆の中で各チームは熱戦を続けたが、東海代表中京商業が覇権を握り、真紅の大優勝旗は第3回大会愛知一中の優勝以来14年振りで再び東海の地にひるがえることとなった。
 第二日目の14日と第六日目の19日の両日、日頃スポーツの宮様として知られた秩父宮、同妃殿下が観戦されたことが記録されている。
 この頃から甲子園球場に場内放送拡声装置ができた。以前はオーダーから火事の呼び出しに至るまで、大きく書き出して人夫が持って廻ったということである。
1回戦 8月15日大会3日 第2試合
大  社 0 0 3 0 0 0 4 1 4  = 12
京  城 0 0 1 0 0 3 6 1 0  = 11
 ●三塁打 清水 ●暴投 山中 ●試残塁 大社8 京城8

<大 社>    打  得  安  犠  振  球  盗  刺  補  失
 (三)清 水  6  1  3  0  0  0  1  1  5  1
 (遊)板 倉  6  1  2  0  0  0  1  6  3  2
 (右)木 村  4  3  1  0  1  2  0  1  0  0
 (補)加 本  5  1  2  0  0  0  1  3  1  0
 (投)飯 山  3  0  0  0  0  2  0  1  2  0
 (一)伊 藤  5  1  2  0  0  0  1  8  1  0
 (二)中 山  2  2  0  0  0  3  0  3  2  0
 (左)川 上  3  2  0  0  1  2  1  3  0  0
 (中) 椿   5  1  1  0  0  0  0  1  0  1
         39   12  11  0  2  9   5   27  14  4

<京 城>    打  得  安  犠  振  球  盗  刺  補  失
 (三)法 野  6  0  2  0  2  0  1  1  1  0
 (中)加賀爪  5  0  1  0  0  0  1  2  0  0
 (投一)山中  4  2  0  0  0  1  4  0  2  0
 (補)田 中  4  2  1  0  0  1  1  2  1  1
 (一投)山本  4  2  1  0  0  1  1  12  0  1
 (二)岡 本  4  1  2  1  1  0  1  2  4  0
 (右)横 手  3  1  0  0  0  2  1  1  1  0
 (左) 林   4  1  2  0  0  1  1  1  0  0
 (遊)井 上  5  2  3  0  0  0  1  6  2  2
         39  11  12   1   1  6  12  27  11  4
 [総評]
 京城は打撃に勝り内野手の失敗を漸次攻撃で補填し、試合は双方の得点が段階的に一上一下の変化を見せて外観的興味はそそられていたが、試合そのものに功味なく、その経過は全く平凡なものに終始してしまった。
 京城チームは希に見る無邪気な気持ちのよいチームだったが、それだけ背後を守るプレーに今一段の覇気が足らぬ。プレーに凡失や失策の繰り返されるのもそれは技術不鍛錬のためでなく、いかなる難球でも引捕へて見せる旺盛な意気がなきためである。攻守ともに一息整頓せねばならない。
 大社は1勝を得たが飯山にはさほど凄味のある球威もなく捕手加本は指を傷ついて自由な2盗を許して自ら苦戦を招いていた。この点からいって大社の前途に少なからず不安が蔵せられるが、今回の打撃様式たる当てをもって今後の試合に臨むならばまた相当の成果を挙げ得るが、幸福に酔ふやうなことがあらば前途の暗さは免れまい。(評、松本終吉)
準々決勝 8月19日大会6日 第2試合
大  社 3 1 0 0 0 0 0 0 0  = 4
小  倉 2 6 4 1 5 1 0 3 ×  = 22
●本塁打 稲田 ●三塁打 酒井、山田、重住 ●二塁打 新富、重住 ●暴投 飯山2 ●残塁大社9、小倉5

<大 社>    打  得  安  犠  振  球  盗  刺  補  失
 (三)清 水  5  0  2  0  1  0  1  1  2  2
 (遊)板 倉  4  1  0  0  0  1  2  6  2  2
 (右)木 村  5  1  2  0  1  0  1  1  0  0
 (補)加 本  3  1  1  0  0  2  6  3  2  0
 (投)飯 山  4  0  1  0  0  0  1  1  3  0
 (一)伊 藤  3  0  0  1  0  0  4  8  1  1
 (中) 椿   4  0  0  0  1  0  2  3  0  0
 (左)川 上  4  1  0  0  1  0  3  3  1  0
 (二)中 山  4  0  0  0  0  1  4  1  1  0
         36   4  6  1  4  4  24   27  14  5

<小 倉>    打  得  安  犠  振  球  盗  刺  補  失
 (遊)田 才  2  4  1  0  1  4  2  3  0  0
 (一)重 住  5  5  3  1  0  0  0  11  1  1
 (補)新 富  4  3  3  2  0  0  0  4  1  1
 (投左)上田  5  1  2  0  1  0  0  0  0  0
  左 山 本  0  1  0  0  0  1  1  0  0  0
 (二)藤 木  5  1  1  1  1  0  0  3  2  2
 (左投)酒井  4  1  1  0  1  2  0  3  0  0
 (三)山 田  3  2  1  0  0  2  0  2  1  1
 (右)西 村  3  2  1  0  0  0  0  0  0  0
  右 吉 田  2  0  1  0  0  0  0  0  0  0
 (中)松 井  4  2  2  0  1  1  0  0  0  0
         37  22  16   4  5  10  3  27  17  5
試合経過
1 回

(大社)清水右飛、板倉三軟匍野手失、木村U越安打に続き加本四球を選んで満塁となり早くも好機を迎ふ。飯山の二、一塁間強匍安打を右翼手よく本塁に好送球したが間に合わず板倉、木村ともに生還、この間加本飯山二、三進、伊藤の投前バントで加本生還、飯山また二進、椿三振して退いたが早くも3点を挙ぐ。
(小倉)四球に出た田才は重住の三匍に2塁に封殺、重住2盗の後に新宮遊撃に強襲安打して球が左翼に転々する間に重住還り、植田の右翼前安打を野手の返球遅れて新富3進、この間植田も2進し、藤本の左飛犠打となり新富還り酒井の右飛に止むもこの回2点を返す。
2 回
(大社)川上二匍失に生き中山四球、清水バントは二塁前内野安打となって満塁、板倉四球に川上を押し出し木村三振、加本一匍中山を本塁に封殺し、飯山の二匍に加本タッチアウトさる。
(小倉)山田四球、西村の匍遊に封殺、松井の中右間安打3塁送球中に走者二、三進、田才打者の時投手暴投に西村生還、松井三進、田才四球の後重住の左前安打に松井生還、田才二進し新富の2塁左安打野手のグラーブを弾き田才2塁から一気に還り、この混乱に乗じた植田の一打左翼越の堂々たる本塁打となり走者を一掃し6点を奪ふ。藤本遊飛、酒井三振。
3 回
(大社)伊藤匍遊、椿右飛、川上三振
(小倉)山田四球、続く西村右翼に安打し松井の2塁強襲安打に山田2塁より還り野手の本塁送球中に西村、松井二、三進、田才四球に続き重住の中堅犠飛に西村還り松井三進、新富の左犠飛に松井も還り、田才二進、更に三盗の後投手の暴投に還り、上田三匍してやむも小倉この回4点を奪ふ。
4 回
(大社)中山二匍、清水投匍、2死後板倉三匍1塁高投に一挙二進した投手の牽制球で二、三間に挟殺される。
(小倉)藤本三振、酒井ストレートの四球を利し山田左翼線3塁打を放って酒井を帰す。西村の匍投は山田は三、本塁間に挟殺したが、この間西村二進、松井四球後西村三盗に刺さる
5 回
(大社)木村二匍、加本2塁頭上を抜いて出で2盗、飯山の投匍に加本3塁を衝いて倒れ伊藤遊飛。
(小倉)田才四度四球に出で2盗、重住の遊匍失に田才三進、新富の匍遊に田才還り新富は一塁手の離塁捕球に危ふく生き重住二進、植田二飛の後藤本三匍失に一死満塁、酒井際一球を左中間に3塁打とし走者を一掃」、山田打者のとき捕手一寸ファンブルすれば酒井韋駄天の如く本塁を衝いたが惜しくも刺さる。山田三匍野手一塁抵投に一挙三進、西村に代わる吉田右前に安打を放って山田生還、松井投匍したが更に5点を加ふ。
6 回
(大社)(小倉投手植田左翼手酒井と交代、吉田右翼に入る)椿投匍、川上遊飛、中山二匍。
(小倉)田才三振、重住第一球を左中間に3塁打し中堅手の三塁送球を中継した遊撃手の暴投に生還、新富の3塁線に沿ふ強匍は遠く左翼に転々して2塁打となったが植田三振、藤本中飛。
7 回
(大社)清水の二直を野手とびついたが及ばず安打となり、板倉の三匍は清水を、木村の投匍は板倉を共に2塁に封殺、加本四球に出で飯山打者のとき捕手一塁牽制悪投に3塁を占めたが飯山投匍
(小倉)酒井四球、山田遊匍、吉田二飛、松井三振。この回初めて無得点。
8 回
(大社)(小倉左翼手植田退き山本入る)伊藤匍遊、椿、川上共に二飛
(小倉)田才3塁の右に安打して2盗、重住の右翼線2塁打に生還、重住は新富の左犠飛に三進、山本四球2盗の後藤本三遊間にクリーンヒットして重住山本を本塁に送り藤本は野手の本塁送球中に2進せんとして挟殺され、酒井遊匍に止んだが、合計22点を算す。
9 回
(大社)中山遊匍、板倉2匍に生き木村遊2間抜いたが、加本の2匍は木村を2塁に封殺して最後の努力も空しく、結局4対22の記録で大社は敗れ、小倉準決勝試合に進む。(終了2時30分)
(総 評)
 大社は1、2回3塁手、2塁手の失と植田の不調に喰い入り、木村、飯山の安打、四球押し出しなどで得点をリードせるも飯山は植田以上に悪く第2回たちまちにして6点を奪われ大勢を決した。この回大社の守備は無失策、得点はすべて安打にあらざれば四球によってなされたものであるから責は全部投手が負はねばなるまい。
 試合が準々決勝においては珍らしき意外の大差にをはりたるは大社の投手飯山に回が進むも何ら回復の兆見えず、小倉の打棒の蹂躍にまかせたるにあった。
 飯山にすれば植田はさすがに3回以後制球力を呼戻し6回酒井と代わるまで僅か1安打に封じ味方の攻撃と相俟ち差を開くにつれて試合はワン・サイドのものとなり興味牽然たるものがあった。
 強者必勝、弱者必滅、けだしこの勝敗は当然の結果を示したものにすぎないが、大社の野球は他地方の野球と比較して残念ながら甚だしく進歩が遅れているように見受けられた。それはただに技術的のことのみに止まらずかかる打撃戦において冒頭よりスクイズプレーを試みて得点を一気に止めたる、或いは第3回4対8とリードされながら3塁に走者をおいて内野手が前進して守りをせばめたり、或いは外野手が要らざる送球を企て、走者に余分の塁を与へるなど甚だ了解に苦しむプレーが2、3見受けられた。
 これは、日ごろ隣国に強チームなく試合経験の乏しきが因せる結果であらうから大社は今後この点研鑽して精進すべきである。(久保田高行)
(大阪朝日新聞より)



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