第67回全国高校野球選手権大会

昭和60年野球部写真
 (後列左から) 大野、岡本、山根、今岡監督、唐島コーチ、奈良井教諭 右上ー板垣
 (中列左から) 長岡教諭、永見陽、飯塚、永見佳、船木、江角久、上野渉、川上、安食、横木、江角美、柿田、朝日山
 (前列左から) 北井部長、中山、前田、安原、高見、上野康、高野、神門、岩谷、岡田、日野
  部 長 北井睦郎         監 督 今岡 実         コーチ 唐島一將
  主 将 板垣悟史         投 手 安藤 亨(二年)     捕 手 前田 貴(三年)
  一塁手 板垣悟史(三年)     二塁手 上野 渉(三年)     三塁手 中山道夫(三年)
  遊撃手 上野 康(三年)     左翼手 江角久樹(三年)     中堅手 山根 博(三年)
  右翼手 神門治雄(三年)         岡本春生(三年)         高見和幸(三年)
      高野裕明(三年)         船木智雄(三年)         安食彰人(三年)
      大野芳弘(三年)         横木和彦(三年)         岡田浩史(三年)
      日野広伸(三年)         安原晃二(三年)         川上 徹(三年)
      三原信孝(二年)         松田天史(一年)     記 録 岩谷敏之(三年)
マネジャー 柿田直美(三年)         江角美幸(三年)         永見佳子(三年)
      永見陽子(三年)         飯塚晴子(三年)        朝日山朋子(三年)
夏 の 大 会
一回戦
浜 田 0 0 0 0 0 0 0 0 0 = 0
大 社 1 0 0 1 1 0 0 0 X = 2
 (浜田)本山ー三隅  (大社)安藤ー前田
 ●三塁打 神門(大社) ●二塁打 小笠原(浜田)

二回戦
大 社 0 1 0 0 3 1 0 0 2 = 7
江津工 0 0 0 1 0 0 0 0 0 = 1
 (大社)安藤ー前田  (江津工)山前、魚本、三浦ー森
 ●本塁打 安藤(大社) ●三塁打 上野渉(大社) ●二塁打 上野康(大社)渡辺(江津工)

準々決勝
松江商 0 1 0 0 0 0 1 1 0 = 3
大 社 0 0 3 2 0 0 3 0 X = 8
 (松江商)坂本、山根、福代ー森広  (大社)安藤ー前田
 ●三塁打 安藤(大社) ●二塁打 坂本、野坂(松江商)神門(大社)

準決勝
大 社 0 3 0 0 0 4 0 0 0 = 7
浜田商 0 1 0 1 0 0 1 0 0 = 3
 ●三塁打 中山(大社)村木(浜田商) ●二塁打 前田、江角(大社)

決勝勝
益田東 0 1 0 0 0 0 0 0 0 = 1
大 社 1 0 0 0 0 0 1 0 X = 2
 (松江商)坂本、山根、福代ー森広  (大社)安藤ー前田
 ●本塁打 江角(大社) ●三塁打 田辺(益田東) ●二塁打 城市(益田東)山根(大社)

決勝戦裏話
 7回が勝負の分かれ目だった。益田東は先頭の吉本が安打で出塁し、城市が送りバントをした。その打球が一塁ライン上を転がり、一塁手板垣は捕って走者にタッチ。その時、2塁ベース上で遊撃手上野康は、一塁から来た走者に、(ファール)とささやき、走者は一塁へ帰ろうとした。そこで2塁へ送球しタッチアウト。二死後、上野康へ打球が飛び、イレギュラーして顔面にボールがあたったが、スタンドから沸き起こる大声援に応え、再びプレーするガッツを見せた。そのガッツがチームの士気を高め、7回裏の江角の決勝ホームランを生んだ。そのホームランもバスター打法で打ち、しかも、その日は江角の誕生日でもあった。そして9回、二死から大ピンチを招いたが、安藤が踏ん張り最後のバッターをフライに打ち取りゲームセット。選手は抱きあい、涙を流して喜んだ。スタンドも22年ぶりの甲子園出場に酔いしれ、総立ちして高々と「バンザイ」を連呼した。興奮は閉会式が終わってもさめず、選手が優勝旗を先頭に行進すると、拍手の嵐が浜山に響きわたった。
 第67回全国高校野球選手権大会は、8月8日から甲子園球場で開催された。22年ぶりの出場を決めた大社高校の初戦の相手は、北北海道代表の旭川竜谷高校と決まった。毎年北北海道の優勝候補に上げられる強豪で、しかも、初日の開会式直後の試合となった。
 旭川竜谷のエース右腕泉投手は、182センチの長身からの速球とカーブで春の北海道大会では完全試合を達成。今大会も圧倒的な強さで予選を勝ち抜いてきた。チーム打率は3割2分1厘で、大社が3割3分5厘、失点も共に8で実力はほぼ伯仲していた。
 開会式直後の第一試合とあって選手にかなりの緊張の色が見られた。特に大社の投手安藤は、いつものコントロールがなく、甘い球を軽々と打ち返された。
 前日から第一球目は、真ん中ストレートと決めていた安藤に対し、初球からストレートを狙っていくと決めていた旭川竜谷の先頭打者岡田との対決は、岡田に軍配があがった。プレイボールのサイレンも鳴り終わらぬ間に打球はレフト前へ転々ところがった。続く田中が送りバント、そして橋本にセンター前にはじき返され、1点を失った。更に池辺、佐々木に連打され、併殺崩れの走者を1点を追加された。あっという間の2失点に、選手は意気消沈したかに思われたが、その裏すぐに反撃に出た。
 先頭の前田がいきなり二塁打。しかし後が続かず、結局無得点に終わった。
 2回以降、安藤は立ち直り、自分のピッチングができるようになった。アウトコースのスライダーが冴え、インコースのストレートで詰まる打者が多かった。
 一方大社は2回裏二死から、山根、安藤が連打し、またチャンスを迎えた。しかし、9番上野渉はショートゴロに倒れ、この回も得点できなかった。
 そして3回裏先頭の前田が四球で出塁した。次いで2番上野康が手堅く2塁へ送った。島根大会でよく見られた攻撃パターンである。ここで中山が、三塁手の頭上を高いバウンドで襲う幸運な内野安打で一死一、三塁とチャンスは広がった。続く四番板垣は、泉の甘いカーブを思い切り引っ張って、左中間を破った。俊足中山は一塁から一気にホームインし、2点返し、試合を振り出しに戻した。
 以後、安藤、泉両投手の好投が続き、両チームとも譲らなかった。
 9回裏一死から神門が、レフト前ヒットで出塁した。そしてすぐに盗塁をきめ、一死二塁のサヨナラのチャンスを迎えた。しかし、2人は凡退し、延長戦へ突入した。
 10回表一死から、初回痛打を浴びた岡田を迎えた。そしてまたもや初球、少し甘く入ったインコースのストレートをフルスイングした。打球は鋭い金属音を残し、レフト江角の頭上を越え、ラッキーゾーンへ吸い込まれた。ほんの一瞬の出来事だったが、ナインはレフトスタンドを見つめ、数秒動かなかった。気をとりなおし、後続を絶ち、最後の攻撃にかけた。
 先頭は代打高見だったがあえなく打ち取られ、前田も倒れ、あっという間に二死となった。そして代打に岡本を送ったが、センターフライに打ち取られで、試合は終了した。
旭川竜谷 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 = 3
大  社 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 = 2
 ●本塁打 岡田(竜谷) ●二塁打 前田、板垣(大社)

<旭川竜谷> 打  得  安  点  振  球  犠  盗  失
 D岡 田  5  2  2  1  1  0  0  0  0
 E田 中  4  0  0  0  0  0  1  0  0
 H橋 本  5  0  1  1  1  0  0  0  0
 B小 西  4  1  0  0  0  0  0  0  0
 3半 沢  0  0  0  0  0  0  0  0  0
 F池 辺  4  0  1  0  0  0  0  0  0
 C佐々木  4  0  3  1  0  0  0  0  0
 G成 沢  3  0  0  0  1  0  1  0  0
 A 楊   3  0  0  0  0  0  0  0  0
 @ 泉   4  0  1  0  0  0  0  0  0
  残塁 6  36   3   8   3   2   1   2   0   0

<大  社> 打  得  安  点  振  球  犠  盗  失
 A前 田  4  1  1  0  1  1  0  0  0
 E上野康  3  0  0  0  0  0  1  0  1
 H岡 本  1  0  0  0  0  0  0  0  0
 D中 山  4  1  3  0  0  0  0  0  0
 B板 垣  4  0  1  2  0  0  0  0  0
 F江 角  4  0  0  0  1  0  0  0  0
 H神 門  4  0  1  0  0  0  0  1  0
 G山 根  4  0  1  0  2  0  0  0  0
 @安 藤  4  0  1  0  0  0  0  0  0
 C上野渉  3  0  0  0  0  0  0  0  0
 H高 見  1  0  0  0  0  0  0  0  0
  残塁 6  36   2   8   2  4   1   1   1   1
試合経過
1 回
(旭川竜谷)岡田初球をセンター前ヒット。田中の犠打で二進。橋本の二遊間を抜ける安打で岡田が生還。小西の遊ゴロで一塁走者二封。池辺のテキサス安打で二死一・二塁。佐々木の右前安打で小西が生還、送球の間にそれぞれ進塁し二死二・三塁。成沢投ゴロ。
(大社)前田が二塁打。上野投ゴロ。中山三ゴロ。板垣中飛。
2 回
(旭川竜谷)楊四球。泉三遊間安打で無死一・二塁。岡田三振。田中の二ゴロが四-六-三の併殺。
(大社)江角遊ゴロ。神門遊ゴロ。山根中前安打。安藤中前安打。上野投ゴロで2者残塁。
3 回
(旭川竜谷)橋本三振。小西二ゴロ。池辺二ゴロ。
(大社)前田四球。上野犠打で前田二進。中山三塁内安打で一死一・三塁。板垣左中間二塁打の2点で同点。江角三振。神門右飛で板垣残塁。
4 回
(旭川竜谷)佐々木一・二塁間安打。成沢の犠打で佐々木二進。楊二ゴロで佐々木残塁。
(大社)
山根三振。安藤左飛。上野三ゴロ。
5 回
(旭川竜谷)岡田一ゴロ。田中一邪飛。橋本二ゴロ
(大社)前田三振。上野三ゴロ。中山左前安打。板垣遊ゴロで中山二塁封殺。
6 回
(旭川竜谷)小西一邪飛。池辺遊ゴロ。佐々木右飛。
(大社)江角右飛。神門中飛。山根三ゴロ
7 回
(旭川竜谷)成沢投ゴロ。楊二ゴロ。泉遊ゴロ。
(大社)安藤左飛。上野二ゴロ。前田右大飛。
8 回
(旭川竜谷)岡田投ゴロ。田中遊ゴロ失。橋本右飛。小西投ゴロ。
(大社)上野三ゴロ。中山中前安打。板垣二ゴロ併殺打。
9 回
(旭川竜谷)池辺中飛。佐々木中前安打。成沢の一ゴロで佐々木二進。楊投ゴロで佐々木残塁。
(大社)江角遊ゴロ。神門左前安打。山根三振。安藤一ゴロで神門残塁。
10 回
(旭川竜谷)泉遊ゴロ。岡田が初球を左翼越え本塁打。田中右邪飛。橋本二ゴロ。
(大社)代打高見三ゴロ。前田一ゴロ。代打岡本中飛。

甲子園大会出場メンバー
部長 : 北井 睦郎    監督 : 今岡 実     主将 : 板垣 悟史
投手 : 安藤 亨     捕手 : 前田 貴     一塁 : 板垣 悟史
二塁 : 上野 渉     三塁 : 中山 道夫    遊撃 : 上野 康
左翼 : 江角 久樹    中堅 : 山根 博     右翼 : 神門 治雄
補欠 : 岡本 春生    補欠 : 高見 和幸    補欠 : 船木 智雄
補欠 : 安食 彰人    補欠 : 大野 芳弘
人生の糧としての甲子園  主将 板垣悟史

板垣選手の左中間2塁打の写真 一発のホームランで甲子園の切符を手に入れた大社は、一発のホームランで甲子園から去ることになった。勝機は何度もあった。しかし、あと一歩のヒットが打てなかった。安藤は二回以降すばらしいピッチングをした。打線が何とかそれに応えねばならなかった。敗因は色々あると思うが、社高ナインに一番欠けていたのは、勝利への意欲ではなかっただろうか。島根大会で見せたあの気迫がなかったのではなかろうか。甲子園に出場しただけで満足してしまったのではないだろうか。今岡監督は甲子園へ行く前から選手に口うるさく「勝つこと」を言っていたが、選手にその気持ちが伝わらなかった。あの島根大会一回戦浜田との試合で見せた気迫が、この試合に出ていたら勝っていただろう。
だが、試合内容はたいへん素晴らしいものであった。高校生らしいきびきびとした、さわやかなプレーは観客を魅了した。相手校の校歌を聞いた後、グランドを出る時、バックネット裏の観客から惜しみない拍手がおくられた。その拍手は、勝者よりも敗者の方が大きい気がした。これこそが「甲子園」だと思った。今までに何千人もの甲子園球児がこの拍手にはげまされ、再び甲子園を目指し、また、人生の糧としているに違いない。こうした体験をしただけでも非常に価値あるものであった。後輩たちにも、ぜひこの体験をして欲しい。
60年夏の甲子園出場への裏話  監督 今岡 実

 「団十郎は稽古のとき、たびたび丑之助(5代目菊五郎)を素裸にして躍らせた。特に女の踊りを教えるときに、それが多かったと云う。それは全身の土台から女の形に仕上げていくためだった。髪とか、衣装とか、そういう飾りで女らしく見せるのでなく、丸裸の男の肉体、どうにも疵の隠せない姿にして、腹から、骨から、胴から、首から、肩から鍛えあげて、女の形に成りおおせるまで直されるのです。そのかわり、これが完成さえすれば、その上につっぱった衣装を着ても、必ず衣装を通して女の姿が現れるのです。菊五郎は、この教育によほど感銘していたとみえて、大成して人に教える立場となってからは、真剣に教え込もうと思うときは、いつも丸裸で稽古させている」(吉田豊著)
 7月10日夏の県大会は1回戦浜田高校との対戦に決まった。浜田はその年実力ナンバーワンチームで、練習試合は3連敗で歯がたたなかったこともあり、板垣主将以下部員は意気消沈してしまって大会を前に、戦わずして負けたようなムード。大会直前の対境高校戦も大敗をし、大会への気迫が感じられず、「今年も甲子園は無理かなあ」と思った。しかし、この学年は1回も甲子園に行っていない。後一歩のときもあった。1年の秋、中国大会準々決勝で広陵高校に逆転を喫し無念の敗退す。
 2年の秋には、池田高校に練習試合ではあったが、双方ベストメンバーで戦っての快勝(ちなみに翌春の選抜大会で池田はベスト4に入る)。
 その同じチームが予選で松江日大に完敗したのである。だから甲子園への気持ちは例年以上であったことと思う。が現実は大会前にバラバラで、周囲をやきもきさせるばかりで明るい材料がない。投手岡本(3年)は不調で、安藤(2年)を主戦に、打力で戦う。個性派選手の多いムード・チームとなっていた。この夏はレベルが高く、他に大田、平田、浜田商等有力校が多く、一筋縄では優勝は無理と思われたので、毎夜、何か方法はないもかと悩み続けた末、「みそぎ」とビニールハウス(O・Bの徳山氏の手作り)を結びつけた、「裸練習」を思い切ってやってみよう、と考えたが、もし、この裸練習を生徒から反対されたら他に方法はなく、監督として、悔いのない試合がさせられるか、大いに不安でもあり、失敗したら批判も受けねばならず、思いあぐねた・・・。
 水を打って、蒸し風呂のような40℃〜50℃のビニールハウスの中で、3人ずつ50球のティーを打つ、下着1枚から初めて、途中からは裸。選手は汗ビッショリで、無心に唯ボールだけを打ち続ける。初めの内は、抵抗もあったが、生徒も、何かに打ち込みたかったかもしれない。こうして、恥ずかしさを忘れ、自分を捨て、心の内から、邪心のない闘志が沸いてきたのかもしれない。
 練習を終えた全員が清々しい顔になっていったのは私にとって救いであって、これで、初めて「試合が出来る」と思った。こうした練習を何回か繰り返して、いよいよ浜田との試合に臨む、いつもと違って、チームに活気がある。全員バスターで、アンダースローの本山投手にデッドボールも恐れないで向かった。いつもは浜田の「動」に、大社の「静」だが、この試合はそれが逆になっていたのだから、浜田高校はペースがつかめず、あれよあれよという間に、3対0で終わった。完勝である。私は校歌を聴きながら感動の涙が止まらなかった。この大会はこの試合が全てであったような気がする、この勢いに乗って、優勝してしまうのだから。
 しかし、この思ってもみなかった勝利が甲子園への厳しい練習から生徒達をさめさせてしまう原因になったかもしれない。甲子園の開幕戦に延長で負けてしまって、大きく育つチャンスを逃してしまったかもしれない。勝負のむずかしさを充分味わった思い出に残る大会であった。



Kinki Inasakai